錯視アートに新機軸ををもたらす技術を錯視の数学的な研究から開発.   

 
 
   ニューエイジ・オプアートの誕生  
           
錯視の数理から生まれる新しいオプ・アート
 
-新井仁之・新井しのぶ作品集-
 
  2011年12月31日~  
    新井仁之 (東京大学大学院教授)       

 English Version 
  
       
テーマ 1. オプ・アートに革命をもたらす新技術 - 浮遊錯視生成アルゴリズム -      
   
錯視 静止画なのに動いて見える錯視.
作品 1.1. リースの錯視 - "ニューエイジ・オプアート"の誕生 -  ©Hitoshi Arai and Shinobu Arai, Dec. 21, 2011.
    リースのなす円の中心にある赤い丸印を見てください.そして画像に顔を近づけたり遠ざけたりしてください.リースが回転するように見えます.    
 
浮遊錯視生成アルゴリズムとは何か 
   私は新井しのぶと共同して浮遊錯視生成アルゴリズム(特許出願,JST, 2010)を発明しました.上の作品はこのアルゴリズムを利用して作成したものです.  
   これまで静止画なにの動いて見える錯視は,特別な才能を持った錯視研究者やデザイナーなどによって単純なパターンにより作成されていました.たとえば,オオウチ錯視,ピンナ錯視,ガンゼイ・モーガン錯視,キタオカ錯視などです.  
   これに対して新井・新井の浮遊錯視生成アルゴリズムは,任意の画像をある種の動いて見える錯視 (浮遊錯視) に変換することができるのです.これにより従来のように単純なパターンでなくとも、複雑なデザインでも浮遊錯視画像に変換することができるようになりました.これは錯視アート, オプアートに革命をもたらす技術となりえます.  
   なおこのアルゴリズムは脳が行う視覚情報処理の新井・新井による数理モデルを基に作成したもので,これにより浮遊錯視の起こる機序が数理的にわかります.   
   次に浮遊錯視生成アルゴリズムを用いてできる浮遊錯視のいくつかをご覧ください.  
     
Rabbit Motion Illusion  
  作品 1.2. うさぎの回転錯視. Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, Jan. 1, 2011  
    錯視画像の見方は作品1と同じです.    
 
錯視
  作品 1.3.龍の浮動錯視.Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, Jan. 1, 2012.   
    中央の玉を見ながら顔を画像に近づけたり遠ざけたりすると,龍が回って見えます.この画像は,龍が中央の光り輝く玉をつかみ,まさに龍たらんとする瞬間を描いたものです.微妙な光の加減は数学的計算によって得られたものです.      
 
 
 静止画が動いて見える錯視
作品 1.4. 華の浮遊錯視 Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, 2012
  錯視画像の見方: 画像をゆっくりと(なるべく滑らかに)上下に動かすと、花が左右に動いて見えます。また左右に動かすと、花が上下に浮いているように見えます。ただし、この錯視アート展は画面でご覧いただいていているので、画像を動かすのが難しく、その場合は、人差し指で画像の中央あたりを上から下、下から上にゆっくりと滑らかになぞり、顔は動かさずその指先を目で追うと、花が左右に動いて見えます。また、人差し指で画像の中央を右から左、左から右とゆっくり滑らかになぞり、顔は動かさずその指先を目で追うと、花が上下に動いて見えます。    
 
 
Sakigake fuyuu illusion (H. & S. Arai)  
番外作品. さきがけ浮遊錯視. Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, Nov. 6, 2010.  
     画像をゆっくりとできるだけ滑らかに上下に動かすと,さきがけ(*1)の文字が左右に動いて見えます.どの入った眼鏡をかけている人は、眼鏡を上下にするとよいでしょう。    
         
    (*1) さきがけは独立行政法人科学技術振興機構(JST)の研究プロジェクト名です.私は2011年3月まで数学領域さきがけ研究員をしていました.数学領域さきがけは,数学を諸分野に応用するために選ばれた30名ほどの研究者集団です.番外作品はさきがけ時代に新井が作った図版をJSTがガラスパネルにしたもので,『世界を魅せる日本の課題解決型基礎研究』(東京国際フォーラム)に展示されました.展示風景はこちら    
         
         
  一口メモ オプアート,オプ・アートあるいはオップアートは,英語では op art と書き,フルネームは optical art です.錯視を利用した芸術を指しています.この作品集「"ニューエージ・オプアート"の誕生」は脳と視覚の数理モデルに裏打ちされた新技術を駆使して,これまでにない錯視アート作品を作ることを目指す増殖・進化していく作品集です.単純なデザインからなるものもありますが,単純なデザインという呪縛から解放されたものも制作可能です.  
     
     
テーマ 2. 双曲型錯視  脳神経科学が生み出した錯視アート           
     
  私と新井しのぶは大脳皮質の神経科学的な考察から,ある錯視のクラスを発見しました.それが双曲型錯視です.次の画像は双曲型錯視の一例です.  
     
Hyperbolic illusion of Fraser type (H. & S. Arai) 
作品 2.1. フレーザー型の双曲錯視. Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, 2010.  
    フレーザーのねじれ紐を直角双曲線座標(図2.2)に沿って配列します.すると,全体が反時計回りにずれて見えます.    
         
Coordinate 
  図 2.2. 直角双曲線座標 (錯視画像ではありません).  
   
Hyperbolic illusion of forward direction (H. & S. Arai) Hyperbolic illusion of reverse direction (H. and S. Arai)
  作品 2.3. フレーザー型の双曲型錯視二種.
Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, 2010.
 
     
  この他の双曲型錯視ならびに幾何学的錯視の数理解析については次の論文をご覧ください.  
    [1] Hitoshi Arai and Shinobu Arai, Framelet analysis of some geometrical illusions, Japan J. Indust. Appl. Math. 27 (2010), pp.23-46. (pdf available)    
     
テーマ 3. フラクタル螺旋錯視 フラクタル幾何学が生み出す錯視アート    
     
  フラクタル幾何の中に自己相似集合というのがあります.これは部分が全体と同じ構造をもつ集合です.私と新井しのぶは,ある自己相似集合をある比率で変形して配列すると渦巻き錯視ができることを発見しました.次の画像をご覧ください.  
     
  Fractal Spiral Illusion  
作品 3.1. フラクタル螺旋錯視. Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, 2007.
    有名な自己相似集合の一つであるフラクタル島 (図3.2参照) をスケール変換して同心円状に配列してあります.しかし,それらは同心円ではなく螺旋状に見えます.    
     
   Fractal island  
  図 3.2. フラクタル島の作り方  
   
  フラクタルであることは何か意味をもつのでしょうか?ここでは最も古い渦巻き錯視であるフレーザーの渦巻き錯視とフラクタル螺旋錯視を比較してみることにします.じつはフラクタル螺旋錯視とフレーザーの渦巻き錯視には異なった特性があります.その一つが次のような現象です.  
     
歪同心円錯視 
  作品 3.3. 歪同心円錯視.Copyright Hitoshi Arai, 2010.  
  フラクタル螺旋錯視の上に同心円状の円を載せます.すると,それはもはや同心円には見えません.フレーザーは 1908年の論文 "A new visual illusion of direction" において,ねじれ紐を用いた歪同心円錯視を作っています.これに対して,作品9はねじれ紐でなく単なる線からなる円で錯視が起こります.  
     
  フラクタル螺旋錯視のもう一つの特有の性質を述べます.次の作品は色を付けたフラクタル螺旋錯視です.  
     
  Colored fractal spiral illusion  
  作品3.4. Colored Fractal Spiral Illusion. Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, 2010.  
     
  次の画像は,全く同じデザインで,色だけを変えたものです.すると螺旋錯視は消失します.  
   
  Colored fractal sprial figure without illusions  
作品 3.5. Colored Fractal Spiral Figure without Illusions. Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, 2010 
     
  しかしながら,色を変えてもフレーザーの渦巻き錯視はなくなりません.  
  Colored Fraser's illusion   
  作品 3.6. Colored Fraser's spiral illusion. Copyright HItoshi Arai and Shinobu Arai, 2010.  
  フラクタル構造は錯視にどの程度関係しているのか?私たちの研究については次をご覧ください.   
  [1] H, Arai and S. Arai, (pdf available)  
  [2] 新井仁之・新井しのぶ,フラクタル作品形を用いた渦巻き錯視について,視覚数学e研究室報告 3, 2007 (pdf available).  
     
テーマ 4. 文字列傾斜錯視.     
     
  2005年ころ,日本のインターネット掲示板等に文字列をタイピングして文字列が傾いて見える錯視を作る遊びが流行しました.2005年に私と新井しのぶはこれに「文字列傾斜錯視」という名前を付け,その数学的研究を行いました.そしてその結果を一般向けの論文としてネット上に公開しました.  
  次の文字列傾斜錯視は私たちが見出したものです.  
   
  錯視  
作品 4.1. 十一月同窓会の錯視. Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, 2009. 
         
         
  オプアートも錯視量は弱いですが,文字列傾斜錯視になります!  
         
    オプアートオプアートオプアートオプアートオプアートオプアート    
    オプアートオプアートオプアートオプアートオプアートオプアート    
         
    トーアプオトーアプオトーアプオトーアプオトーアプオトーアプオ    
    トーアプオトーアプオトーアプオトーアプオトーアプオトーアプオ    
         
    オプアートオプアートオプアートオプアートオプアートオプアート    
    オプアートオプアートオプアートオプアートオプアートオプアート    
         
    番外作品.オプアート傾斜錯視 ©Hitoshi Arai, Jan. 6, 2012.     
         
  ただし,オプアートの文字を並べ替えると錯視量が増えます.   
         
    アプオートアプオートアプオートアプオートアプオートアプオート    
    アプオートアプオートアプオートアプオートアプオートアプオート    
         
    トーオプアトーオプアトーオプアトーオプアトーオプアトーオプア    
    トーオプアトーオプアトーオプアトーオプアトーオプアトーオプア    
         
    アプオートアプオートアプオートアプオートアプオートアプオート    
    アプオートアプオートアプオートアプオートアプオートアプオート    
         
    番外作品.アプオート傾斜錯視 © Hitoshi Arai, Jan. 6, 2012.    
         
         
  文字列傾斜錯視は文字だけでなく,数式でも作れます.  
  Tilt illusion (H. & S. Arai)  
  Tilt illusion (H. & S. Arai)  
  作品 4.2. 数式傾斜錯視. Copyright Hitoshi Arai, 2010.  
  これは意味のある数式で,拙著『ウェーブレット』(共立出版)に載っているものです..  
     
テーマ 5. 幾何学的錯視の数理解析  
     
  作品14の数学公式及びそれ以外の数学を用いて,私たちは文字列傾斜錯視の解析を行いました.その結果,文字列傾斜錯視が起こる錯視の成分を特定することに成功した.実際,文字列傾斜錯視から錯視成分を除去すると,文字列傾斜錯視から錯視が消失します.次の作品をご覧ください.  
     
錯視の数理解析
  作品. 5.1. 十一月同窓会錯視から錯視を消失させる. Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, 2009. 
 
  この方法はより一般の傾き錯視(たとえばカフェウォール錯視)などにも適用できます.作品15とはやや異なる手法ではありますが,詳細は次の論文をご覧ください.  
    [2] H. Arai and S. Arai, VISION, 17 (2005), 259-265.    
  さらにこの手法は改良して,より一般の幾何学的錯視にも適用できる (H. Arai and S. Arai [1]). ここではその一例を示す.今回使うのはフラクタル螺旋錯視です(作品5.2).フラクタル螺旋錯視から錯視成分を取り除くと作品5.3が得られます.作品5.3には螺旋錯視は感じられません.  
     
   Fractal spiral illusion (Hitoshi Arai and Shinobu Arai)     Fractal spiral illusion (Hitoshi Arai and Shinobu Arai) 
作品 5.2. フラクタル螺旋錯視      作品5.3. 錯視成分を除去したフラクタル螺旋錯視.
Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, 2007.      Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, 2010.
     
  詳しくは H. Arai and S. Arai [1]に述べてありますが,数学的に調べてみるとフラクタル螺旋錯視には順錯視成分の他,逆錯視成分,混合型錯視成分が含まれていました.実際,逆錯視成分をフラクタル螺旋錯視から除去すると,錯視量が増えました.次の作品をご覧ください.  
Fractals (Hitoshi Arai and Shinobu Arai)  
   作品 5.4. フラクタル螺旋錯視の強化. Copyright Hiotshi Arai and Shinobu Arai, 2010.  
     
     
テーマ 6. 数学的方法による古典的錯視のバリエーション  
   
  次の二つの画像は古典的なフレーザー渦巻き錯視にある数学的処理を加えて作成したバリエーションです.円板の中には同心円状に配列されたねじれ紐があります.ねじれ紐は周辺にある縁飾りと協力して,ある時刻における2次元粘性流体の流れを表す線のように見え,いくつもの流れが複雑に入り組んでいるように見えます.この流体はどのような流れをしているのでしょうか.グラデーションは数学的計算によりつけられたものです.  
     
 流体力学的錯視
作品 6.1.フレーザー錯視から作った 流体力学的な錯視 1. Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, Dec.30, 2011. 
     
  流体に似せるために色を付けてみました.  
     
流体力学的錯視  
作品 6.2. フレーザー錯視から作った流体力学的な錯視 2. Copyright Hitoshi Arai and Shinobu Arai, Dec.30, 2011. 
     
     
テーマ 7. いろいろなところにある3D錯視  
   
  私たちは,普段さまざまなところで目の錯覚を起こしています.ただそれに気が付かないこともしばしばあるのです.テーマ7ではそのような錯視を紹介します.アートとしてではなく錯覚としてお楽しみください.  
  写真7.1 と写真7.2をご覧ください.中央にあるビル(ザ・リッツカールトン・大阪)が,左あるいは右のビルと並んでいるか,より手前にあるように見えます.しかし実際は,左のビルより約50メートル後方,右側のより約100メートル後方にあります(図7.3参照).大阪で発見しました.  
     
  Three dimensional illusion  
  写真 7.1. リッツ・カールトン大阪の錯視. Copyright Hitoshi Arai, 2009.  
    左: Breeze Tower. 中央 the Ritz-Carlton Osaka. 右: Herbis Ent Office Tower.    
     
  Three dimensional illusion  
    写真 7.2. リッツ・カールトン大阪の錯視. Copyright Hitoshi Arai, 2009.  
     
  map  
   図 7.3 実際の概略図.  
  写真7.2 リッツカールトン・大阪の錯視が中学2年生の教科書『未来へひろがる数学2』 (啓林館) に掲載されました.  
     
  金沢で次のような錯視を発見しました.  
   Three dimensional illusion  
  写真7.3. 北國会館の錯視. Copyright Hitoshi Arai, Oct. 2011.  
    B の部分は北國会館の隣の茶色のビルの上にあるように見えます.しかしこれは実際は北國会館の上にあります.Bの壁面には北國会館という文字があります.    
     
     
あとがき   
   現在,私は数理視覚科学という新しい分野を提唱し,その確立を目指しています.数理視覚科学は人の視覚あるいは視知覚を研究するもので,脳科学,知覚心理学,錯視科学,コンピュータ・ビジョンなどの諸分野が収斂する新しい学術領域です.  
   この作品集は七つのテーマからなっています.テーマ 1 からテーマ 6 では,脳が行う視覚情報処理の数理モデル研究の副産物として得られたオリジナル錯視画像を展示します.テーマ 7 は日常生活で見落としがちな錯覚の写真を展示しています.数理視覚科学が生み出す錯視アートをお楽しみください.なお展示する作品はすべて新井しのぶとの共作です.  
     

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錯視の科学館への誘い
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