新井 仁之
講演者
東京大学・数理談話会 2006年10月20日発表
この講演では,視覚科学における数学的方法に関して新井仁之・新井しのぶの研究結果の一部を中心に述べた.
次の文字列をご覧頂きたい.文字列が傾斜しているように見えるが,これは錯視 (錯覚) であり,実際は平行な文字列からなっている (下記の注 1 も参照).
われわれの考案した視覚研究における数学的な方法の応用例の一つとして,このような錯視も解析することができる.たとえば上記の「夏ワナー」の文字列から錯視の要因を除去して,錯視が起こらないようにしたり,あるいは錯視の要因を操作してより強い錯視が起こるようにできる.詳しくはビデオによるレクチャーをご覧頂きたい.ビデオの中で示しているように,この方法を用いれば,北岡明佳氏の傾き錯視図形などの錯視図形の分析も行える.
さて本講演の主題であるが,視覚に関する心理物理学や神経生理学を基にして,われわれは新しい非線形数理モデルを構築した.本講演では,このモデルならびにこれを用いて行ったさまざまな錯視発生の数学的な分析を述べる.われわれの数理モデルにより
ハーマングリッド ( ヘルマン格子錯視 ),シェブルール錯視,色の対比 etc
などの明暗の錯視,色の錯視がどのような脳内の計算で発生するかが,コンピュータ・シミュレーションによってわかる.たとえば,ヘルマン格子などの錯視とV1野での視覚情報の大域的な非線形処理との関連などを数学的に明らかにした.またわれわれの数理モデルは,色の錯視を計算機でシミュレーションすることを可能にした.これにより色の錯視の知覚の数値計算がはじめて可能になったといえよう.
ところでわれわれの数理モデルでは,以前は双直交ウェーブレットを用いていたが,今回は新たに開発した視覚用のウェーブレット,より正確には視覚用のフレームレットも使った.これによりさらに良いシミュレーションが得られるようになった.これについても本ビデオの中で成果を報告した.この新しいフレームレットによる画像処理などの工学的な応用も期待できる.
ビデオ制作
文字列を並べて傾きの錯視を作るのは,もともとはネットで流行した遊びであった.「コニア画」や「非マナー」などさまざまな文字列による傾く錯視が電子掲示板などに書き込まれた.今のところこれらの作者は筆者には不明である.早速,新井仁之と新井しのぶはこういった文字列傾斜錯視をウェーブレット解析を用いて研究した.われわれはその成果を,一部の専門家のための学術誌に投稿するのではなく,広く一般の方々が気軽に読めるような文体の論文としてネット上に発表した (2005年4月,e-report (ここをクリック) 参照).このネット上に発表した研究は,新井の視覚数学の他の研究内容とともに『神奈川新聞』 (2005年10月16日) の「知の遊歩道」で特集され紹介された.また 2006年2月には『論座』(朝日新聞社)の「最新 !J 科学」 からも取材を受け,2006年7月号の論座において 3 ページにわたるグラビアページで,新井の視覚に関する数学的研究が紹介された.
さて文字列傾斜錯視遊びは一時下火になった感もあったが,テレビ番組の「トリビアの泉」で「杏マナー」の文字列による錯視が紹介され (2006年5月16日放映,心理学者の北岡明佳氏が解説),再びブレークした.文字列が傾く錯視については北岡氏のHPの解説 (ここをクリック) も参照.
本ビデオで扱っている「夏ワナー」は新井・新井が e-report No. 2 で数学的考察に基づき考案したものである.今回の講演では,さらに文字列傾斜錯視に対するわれわれの新たな知見,数学的方法による分析,計算機実験も示されている.
注 1 : 文字列傾斜錯視に関するコメント
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眼球から入った視覚情報は,網膜から始まり LGN,そして脳内で処理が行われる.この講演で扱うのはこのうち網膜から主として大脳皮質の V1 野で加えられる視覚情報処理である.研究のキーワードは「錯視」.錯視は視覚の解明のための一つの重要な鍵と考えられており,100年以上前からさまざまな方法で研究されてきた.しかし未だ不明な点が多い.本講演では,視覚情報処理の離散ウェーブレット (フレームレット)を用いた新しい非線形数理モデルを作り,それを用いて行った色や明暗の錯視発生のメカニズムに関する研究結果を述べる.また視覚の研究に適したフレームレットの新しい構成とその応用についても述べる.
東京大学大学院数理科学研究科
The Video Archieves Committee
関連情報は下記を参照してください.