ポッゲンドルフ錯視 錯視の科学館 展示  
Science Museum of Visual Illusions, Japan
     
     
ポッゲンドルフ錯視のおはなし
   
                 
                 
            2014/8/30   新井仁之

                 
   ポッゲンドルフ錯視とは、斜めの線が障害物に遮蔽されたときに、線がずれているように見えるという錯視です.ドイツの物理学者ヨハン・クリスティアン・ポッゲンドルフにより1860年に発見されました.  
     
  ポッゲンドルフ錯視  
  図1. 斜めの直線はつながっているのにずれて見える  
   現在では,ポッゲンドルフ錯視というと図1のような図形が紹介されるのが普通です.  
     
  1.ポッゲンドルフが発見したポッゲンドルフ錯視  
     
   ところで,錯視の解説などによく書かれていることに,  
     
    ポッゲンドルフ錯視は,ポッゲンドルフがツェルナーの論文にあるツェルナー錯視画像の中に見出したものである    
         
  といったものがあります.ツェルナー錯視というのは,水平な線が傾いて見える錯視で、たいていの本に出ている画像は次のようなものです.  
     
  ツェルナー錯視  
  図2. いわゆるツェルナー錯視.平行な水平線に図のように短い斜線を加えると傾いて見える.  
     
   個人的なことですが,私は最初,どうして図2のツェルナー錯視から図1のポッゲンドルフ錯視を導出できるのかわかりませんでした.  
   しかし,あるときツェルナーの原論文を見て,ようやくこの疑問が解けました.ツェルナーの原論文というのは、1860年に 『Annalen der Physik』 という雑誌に掲載されたものです.この雑誌は言うまでもなく有名なドイツの物理誌で,後年,たとえばアインシュタインの相対性理論の論文などが掲載されたものです.  
   ツェルナーの論文に載っているツェルナー錯視の画像は次のようなものでした(原論文を元に描画したものです).  
     
  ツェルナー錯視  
  図3. ツェルナーの原論文(1860)年をもとに描画したツェルナー錯視  
     
   これなら確かにそれぞれの斜めの帯が縦の帯に遮蔽されて,ポッゲンドルフ錯視が起っていることがわかります.たとえば,下図の赤い丸で囲った部分をご覧ください.  
     
  ツェルナー錯視とポッゲンドルフ錯視  
  図4. ツェルナー錯視に見られるポッゲンドルフ錯視(1860).  
     
   もう少しわかりやすく拡大してみましょう.  
     
  ポッゲンドルフ錯視拡大図  
  図5. ポッゲンドルフが発見したポッゲンドルフ錯視  
     
   なおツェルナーの論文には,ポッゲンドルフによりこの錯視現象が指摘されたことも書かれています.ある錯視画像の中に複数の錯視が紛れ込むことは,ときどきあることですが,それにしてもポッゲンドルフさんはよく気がついたものです.ツェルナーは19世紀の天文学者でした.  
     
  2.16世紀にルーベンスはポッゲンドルフ錯視に気が付いていた!?  
     
   1984年にカナダの研究者D. R. トッパー (Topper) によって面白いことが発見されました.それは,16世紀から17世紀に活躍したあの有名な画家ルーベンスがすでにポッゲンドルフ錯視に気が付いていたというのです.  
   ルーベンスは『キリストの降架』という作品で,人の体に隠れた梯子の縁の部分が食い違って見えないように,わざと梯子をずらして描いていたというのがトッパーの説です.つまりルーベンスは経験的にポッゲンドルフ錯視を知っていて,しかもそれが起こらないように描いたわけです.  
   
  3. ポッゲンドルフ錯視を避けるとどうなるか?実践編  
     
   それでは実際に,ポッゲンドルフ錯視を避けて絵を描こうとするとどうなるのか試してみましょう.  
   次の絵をご覧ください.ポッゲンドルフ錯視を利用したデザインです。山の彼方に黄色い尾を引いて行く宇宙船があります。その黄色い尾は斜めの直線を描いていますが、途中、卵型の浮遊物とモノリス擬きに遮蔽されて途切れているように見えませんか?  
     
ポッゲンドルフ錯視のある風景 1 
  図6. ポッゲンドルフ錯視を使ったデザイン.  
     
   この途切れ感をなくすためには,次の画像のように、モノリスと卵型物体の隙間に尾の一部を書き加えた方が正しいと思われるかもしれません。  
     
ポッゲンドルフ錯視のある風景 2 
  図7. 黄色い帯が途切れて見えなくなった.  
     
   確かにこのように黄色い帯を補間して追加したくなります.帯は一直線につながっているように見えませんか?  
   ところが,この線の引き方は視覚的には正しくとも,実際には正しくないのです.それを見るために,付け加えた黄色い帯の部分を右上に延長してみましょう。  
     
ポッゲンドルフ錯視のある風景 3 
  図8. 付け足した黄色い帯を右上に延長してみた.  
     
   黄色い帯がずれていることがわかります.つまり浮遊物とモノリスの間に黄色い帯を付け足すのは視覚的には正しくとも,実際には正しくないのです.  
   それでは,右上の帯をずらせばよいのでしょうか?  
   答えを示すために,モノリスと浮遊物の陰に隠れていた直線を前面に出してみましょう.  
     
ポッゲンドルフ錯視のある風景 4 
  図9. 本当の黄色い帯を前面に出して描くと・・・・.  
     
   つまり、尾はモノリスと卵型物体の背後に隠れているという最初の絵が正しかったのです.  
   視覚がすっかりポッゲンドルフ錯視に騙されていましたね.  
   日常の中にもさまざまなところでポッゲンドルフ錯視は起こっています.ポッゲンドルフ錯視が起こる状況を把握いただいて,風景をご覧いただくと,意外なところにポッゲンドルフ錯視が起こっていることに気が付かれると思います.  
     
参考図書
新井仁之監修・こどもくらぶ編 『錯視のひみつにせまる本 第1巻 錯視の歴史』(ミネルヴァ書房,2013).
                 

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