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視知覚の数理モデルからポスト・オプアートへ    
         
  本稿は東京大学の『数理 News 2014-1』(2014年9月30日発行)掲載の受賞エッセイです。  
     
            早稲田大学教授 新井仁之  
             

                 
                 
     このたび、科学技術団体連合主催の第8回『科学技術の「美」パネル展』で作品「花が動いて見える錯視- 数学が生み出す錯視アート」(新井仁之、新井しのぶ作)に対して優秀賞が授与されました。この作品は、数学を使って私たちが発明した「浮遊錯視生成プログラム」を用いて作成したものです。これは広い意味ではオプアートというジャンルの作品です。本稿では、オプアートと、私たちの発明がそれに及ぼすであろう影響について書きたいと思います。     
                 
  §1. 錯視と芸術        
                 
   古くから画家たちは経験的に錯視を利用してきました。たとえば、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの 『大工の聖ヨセフ』 では、蝋燭の灯でひときわ明るく照らし出される幼いイエスの顔が描かれています。もちろん絵そのものが光を放っているわけではありません。イエスの顔が暗い部屋の中で光に照らされているように見えるのは、じつは明暗の対比錯視という目の錯覚であることが知られています。またルーベンスの 『キリストの降架』 では、そこに描かれている梯子に、いわゆるポッゲンドルフ錯視を避けるためのトリックがしかけてあるという説もあります。この他にも、建物の見栄えを良くするため、建築家が錯視を利用しているのではないかという例もいろいろと報告されています。たとえば、身近なところでは、神保町の学士会館、東京ディズニーランドのシンデレラ城などです。  
   これらの話については、画像つきで、こどもくらぶ編・新井仁之監修『錯視のひみつにせまる本 第1巻 錯視の歴史』(ミネルヴァ書房、2013)で紹介されてます。       
                 
  §2. オプアートとは?        
                 
   さて、上に挙げた例は錯視を利用しているとはいえ、その目的は作品を私たちの実際の知覚に近づけるためのものでした。したがって、それらの作品から取り立てて「錯視」を感じることはないでしょう。錯視は黒子に徹しているといえます。  
   これに対して、20世紀半ばに錯視を主役とするジャンルが誕生しました。オプアート(オプティカルアート)です。オプアートとは何でしょうか?           
   私たちの視知覚は常に錯視を起こしています。したがって錯視を利用すれば、より実際の知覚に合った表現をすることができます。しかし、錯視はもともと現実と知覚のギャップですから、それを強調あるいは孤立させて提示すれば、逆に知覚が現実とは異なっているという驚きと戸惑いを与えることになります。それを実行したのがオプアートといえるでしょう。           
                 
  §3. 拡がるオプアート        
                 
   そのオプアートが昨年から今年にかけて、TVコマーシャルや商品パッケージに積極的に使われるようになり、注目をあびています。たとえば、レディ・ガガのCDパッケージに北岡明佳氏の錯視画像が使われ話題になりました。また3D錯視をふんだんに利用したホンダや、トヨタのレクサスのCMをご覧になった方も多いでしょう。オプアートの範囲が抽象芸術に限定されるのであれば、これらのCMはむしろオプアートの発展形といえるかもしれません。        
                 
  §4. 数学の力でオプアートが進化        
                 
   ところでオプアートは、新しい錯視が創作される場合もありますが,既知の錯視を援用したり、別のモチーフに置き換えて描くことが少なくなかったといえるでしょう。これに対して、私たちが発明しているものは、好きな画像を錯視に変える数学的な諸技術です。これらにより、従来のように初めに錯視があり、それに合わせてCMやパッケージを作るのではなく、CMやパッケージのコンセプトに合わせて、脳内の視覚情報処理の数理モデルを用いてある種の錯視を作れるようになったといえます。その実施例として、六花亭製菓からの依頼により、商品のイメージにあった錯視を作成し、それをパッケージにした菓子が昨年と今年、販売されました。他のところからも、いくつかの商品化が進んでいます。   
               
                 
  §5. 新しいツールの原理        
                 
   最後に私たちの発明のアイデア(原理)を簡単に述べます。まず次のことが推測されます。「錯視が起こらない画像を見ていても、錯視が起こる要因となる神経細胞を興奮させれば、錯視が起こるだろう。」しかし、どうやって錯視の要因となる神経細胞を特定すればよいでしょう?私たちの答えは、私たちが考案した視知覚の数理モデルで計算機実験をすれば、錯視に関わる神経細胞の推測が可能だということです。実際,数理モデル上のある種の神経細胞を興奮させると、計算機は錯覚を起こすことがわかりました。そして、計算機が出力した画像には錯視に関与すると考えられる神経細胞を興奮させる要因があるので、出力画像は錯視画像になっているのです。この発明によりすでにいくつかの国内外の特許を取得しています。       
                 
  視覚の数理  
    新しいツールの発明の原理模式図        
                 
 
   
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